脊髄小脳変性症(読み)セキズイショウノウヘンセイショウ(その他表記)Spinocerebellar Degeneration

デジタル大辞泉 「脊髄小脳変性症」の意味・読み・例文・類語

せきずいしょうのう‐へんせいしょう〔‐セウナウヘンセイシヤウ〕【脊髄小脳変性症】

運動失調を主な症状とする神経疾患の総称。歩行がふらつく、手がうまく使えない、舌がもつれるなどの症状が起こり、ゆっくりと進行する。小脳脳幹脊髄神経細胞が徐々に萎縮していく。原因は不明。指定難病の一つ。SCD(Spinocerebellar Degeneation)。

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家庭医学館 「脊髄小脳変性症」の解説

せきずいしょうのうへんせいしょう【脊髄小脳変性症 Spinocerebellar Degeneration】

◎運動失調が徐々に進行
[どんな病気か]
 小脳(しょうのう)、脳幹(のうかん)、脊髄(せきずい)に変性がおこり、四肢(しし)(両手足)と躯幹(くかん)(胴体)の動きがぎこちなくなる運動失調が徐々に進行してくる病気で、以下にあげるようないろいろな病型があります。
 大きく分けて、遺伝性のものと非遺伝性のものとがありますが、遺伝性のものは、分子遺伝学の進歩によって、病因遺伝子の存在が次々に明らかになり、病因遺伝子の存在する部位と病像の関係がはっきりしつつあります。
[症状]
 運動失調は、まず、歩行失調(酔ったような不安定な歩行)から始まり、ついで手仕事が困難になって、話し方が遅く、ことばが不明瞭(ふめいりょう)になるなどの症状が徐々に出現してきます。
 病型によっては、さらにパーキンソン症状(筋肉のこわばり、震(ふる)え、前かがみの姿勢など)、自律神経症状(じりつしんけいしょうじょう)(排尿障害(はいにょうしょうがい)、インポテンス、起立性低血圧(きりつせいていけつあつ)など)などが加わります。
 進行は遅く、10~20年の経過をたどることもありますが、この病気で生命にかかわることは少ないものです。
■オリーブ・橋(きょう)・小脳萎縮症(しょうのういしゅくしょう)
 非遺伝性で、中年以降に歩行障害で発症し、上肢(じょうし)(腕)・言語の失調へと進行し、やがてパーキンソン症状や自律神経症状が高率に加わってきます。
 日本でもっとも多い脊髄小脳変性症のタイプです。
■メンツェル型失調症(がたしっちょうしょう)
 遺伝性で、症状はオリーブ・橋・小脳萎縮症(前述)と同じです。
 やや若年から中年にかけて発症する型です。
■晩発性小脳皮質萎縮症(ばんぱつせいしょうのうひしついしゅくしょう)
 非遺伝性で、症状は小脳性の運動失調が主体で、パーキンソン症状、自律神経症状はみられません。中年以降に発症します。
 アルコール中毒、抗てんかん薬中毒、悪性腫瘍(あくせいしゅよう)の影響でおこる小脳性運動失調症などとの鑑別が必要です。
■ホルムス型運動失調症(がたうんどうしっちょうしょう)
 遺伝性で、症状は晩発性小脳皮質萎縮症(前述)と同じですが、やや若年から中年にかけて発症します。
■ジョセフ病
 遺伝性で、小脳性の運動失調の他に、深部反射亢進(しんぶはんしゃこうしん)(腱(けん)をハンマーでたたいて筋を伸張させると、反射的に筋の収縮がおこる生理的現象の亢進)、バビンスキー徴候(ちょうこう)(足底の外側を指に向かってこすると親指が反り返る病的現象)、眼振(がんしん)(意思と関係なくおこる眼球(がんきゅう)の往復運動)、眼瞼下垂(がんけんかすい)、眼球運動障害、パーキンソン症状、末梢神経障害(まっしょうしんけいしょうがい)などの多彩な症状の組み合わせがみられます。
 遺伝性の脊髄小脳変性症のなかでは、比較的頻度が高い型で、若年から中年にかけて発症します。
■フリードライヒ運動失調症(うんどうしっちょうしょう)
 遺伝性で、脊髄小脳変性症のなかで、脊髄(せきずい)型の代表であり、脊髄の後索(こうさく)、脊髄小脳路などに病変があります。
 10歳前後の男児に多くみられ、歩行失調で始まりますが、目を閉じるとふらつきのひどくなるのが特徴です(ロンベルグ徴候(ちょうこう))。ついで、手や口の動きのぎこちなさ、下肢(かし)(脚(あし))の深部反射の消失、四肢末梢(ししまっしょう)(両手足の末端)の筋肉の脱力と萎縮(いしゅく)がみられます。
 そのほか、フリードライヒ足と呼ばれる足の形態異常(凹足(おうそく)。足の裏の土ふまずのカーブが、通常より高くなる状態)や脊椎後弯(せきついこうわん)、心臓病もともないます。
■遺伝性痙性(いでんせいけいせい)まひ
 遺伝性で、脊髄の(側索(そくさく))錐体路(すいたいろ)に変性がおこる病気です。若い人に発症します。
 両下肢(りょうかし)(両脚(りょうあし))の筋肉の緊張が高まり、突っ張った歩き方(痙性歩行(けいせいほこう))、深部反射亢進(しんぶはんしゃこうしん)、バビンスキー徴候(前述のジョセフ病参照)がみられます。
 40~50歳代ごろには、痙性歩行と尖足(せんそく)(足の先が下方を向いてしまう状態)のため歩行ができなくなります。このほか、眼振(がんしん)、構語障害(こうごしょうがい)、排尿障害などを合併することもあります。
シャイ・ドレーガー症候群
 非遺伝性で、自律神経障害(じりつしんけいしょうがい)を中心とする脊髄小脳変性症です。中年に発症します。
 オリーブ・橋・小脳変性症に近い病変がみられます。
 軽いパーキンソン症状と運動失調が加わりますが、立ち上がったときの血圧降下がひどいのが特徴で、立ちくらみから失神(しっしん)をおこすほどです。
 大小便の失禁(しっきん)、発汗の減少もおこります。
 昇圧薬を内服し、下肢の血液貯留を防ぎ、脳血流を低下させない目的で、弾性ストッキングを使用します。
◎できるだけ自力で生活を
[治療]
 治療の担当は神経内科です。まだ、特効薬はなく、症状を和らげるための薬の使用と、運動障害に対するリハビリテーションが治療の中心となっています。
 厚労省の特定疾患(とくていしっかん)に指定され、治療費は公費から補助されます。
 できるかぎり自力で生活するようにし、生きがいや楽しみを失わないことが必要です。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「脊髄小脳変性症」の意味・わかりやすい解説

脊髄小脳変性症
せきずいしょうのうへんせいしょう

筋肉の協調運動、姿勢や体の平衡維持に関与する脊髄・小脳系統が選択的に侵される原因不明の神経変性疾患群の総称である。欧文表記Spinal Cerebellar Degenerationの頭文字から、SCDと略称される。特定疾患(難病)の一つに指定されている。小脳の皮質および白質、脊髄の錐体(すいたい)路、脊髄小脳路、後索などの神経細胞が脱落し、萎縮(いしゅく)がみられる。おもな症状は運動失調である。遺伝性のものと孤発性のものとがあるが、遺伝性に発現するものが多い。感染性はない。

 脊髄小脳変性症は、発病年齢、病変の広がり(病変部位)、遺伝関係、症状、病理所見などからいろいろに分類されている。普通は、病変のおもな存在部位が脊髄にあるか、小脳あるいは脊髄と小脳の両者にあるかで大別される。脊髄に主病変がある代表的疾患は、遺伝性にみられるフリードライヒ運動失調症(遺伝性脊髄性運動失調症)であり、20歳以下で発病する。小脳に主病変がある疾患は、50~60歳と高年齢で発病する晩発性皮質性小脳萎縮症が多い。脊髄と小脳のいずれにも病変がある主要な疾患は、マリー運動失調症(痙直(けいちょく)を伴う遺伝性運動失調症)とオリーブ橋(きょう)小脳萎縮症(欧文表記のOlivo Ponto Cerebellar Atrophyの頭文字からOPCAとも称される)である。マリー運動失調症は20~30歳で発病するが、オリーブ橋小脳萎縮症は45歳以降に発病するものが多く、病変の広がりはもっとも広範に及び、膀胱(ぼうこう)や直腸の障害を伴うものも少なくない。しかし、これらの疾患群は厳密には区別できないこともあり、それぞれの病名についても分類法によって統一性を欠いている。

 症状は共通して運動失調がみられるほか、病変の広がりによって小脳症状、後索症状(深部感覚障害)、錐体路症状、錐体外路症状のいくつかを伴っている。また、いずれも程度の差こそあれ進行性であり、現在のところ確実に効果のあがる治療法はない。

[海老原進一郎]

補説

なお、オリーブ橋小脳萎縮症は、2003年度(平成15)より、線条体黒質(せんじょうたいこくしつ)変性症、シャイ・ドレーガー症候群Shy-Drager syndromeとともに、多系統萎縮症(欧文表記のMultiple System Atrophyの頭文字からMSAとも称される)に分類されることとなった。多系統萎縮症も特定疾患に指定されている。

[編集部]

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知恵蔵 「脊髄小脳変性症」の解説

脊髄小脳変性症

歩く時にふらつく、ろれつがまわらない、姿勢がうまく保てないなど、小脳に起因する運動失調症状があり、腫瘍、血管障害、炎症、栄養障害が原因ではないものを総称して言う。症状や病変のみられる場所、遺伝子診断などにより、現在30以上の病型に分類されている。
中年期以降に発症することが多いが、病型によっては小児期にもみられる。進行の速さや障害の進み方は病型によって異なり、個人差もあるが、多くは5年、10年といった単位でゆっくりと進行する。
運動失調障害は左右対称に発現し、小脳だけでなく、橋(きょう)、延髄、脊髄(せきずい)に神経の変性が起こると、パーキンソン病に似た症状や、自律神経障害から生じる様々な症状、体が勝手に動く不随意運動などがみられる。CT(コンピューター断層撮影)やMRI(磁気共鳴断層撮影)画像に小脳や脳幹の萎縮がみられるが、大脳の機能は保たれる。治療は現在のところ、症状に応じた薬物療法が中心で、手足などの機能低下を防ぐために理学療法や作業療法も行われる。
患者は全国に3万人を超えると推測されている。3分の1が遺伝性で、3分の2は親族間に同じような疾病がみられない孤発性(こはつせい)である。
遺伝性のうち約6割は、原因たんぱく質内のグルタミンの繰り返しが異常に延び、細胞内に塊をつくることによって引き起こされるのが知られている。原因遺伝子は一部を除きすでに同定されており、2008年には群馬大学大学院の研究グループが、塊を分解するたんぱく質をマウスの小脳に入れる実験で効果を確認した。同研究グループは続いて11年10月にも、遺伝性脊髄小脳変性症14型(SCA14)の発症メカニズムをマウス実験で解明したと発表。5年以内にヒトへの治療開始を目指して研究を進めている。
厚生労働省が推進する難病対策事業では、特定疾患治療研究の対象疾患(特定疾患)の一つに指定されており、医療受給者証交付数は11年3月時点で2万3233件。また、介護保険制度における特定疾病の一つにも指定されている。
なお、ドラマや映画で有名になった『1リットルの涙』は、中学生で脊髄小脳変性症にかかり1988年に25歳で亡くなった女性の闘病日記である。

(石川れい子  ライター / 2011年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

改訂新版 世界大百科事典 「脊髄小脳変性症」の意味・わかりやすい解説

脊髄小脳変性症 (せきずいしょうのうへんせいしょう)
spinocerebellar degeneration

臨床的には運動失調を呈する原因不明の病気で,小脳およびそれに関連する小脳求心系・遠心系に属する神経系を選択的に侵す系統変性疾患群。しばしば遺伝性であるが,孤発生の場合もある。侵される神経系の組合せにより,臨床病理学的に多くの病型に分けられているが,通常は,小脳のみが侵される小脳型,脊髄のみが侵される脊髄型,および脊髄と小脳の双方が侵される脊髄小脳型の三つに大別される。

 小脳型としてはホームズHolmes型の家族性小脳萎縮症や,晩発性皮質性小脳萎縮症があり,脊髄型としては家族性痙性対麻痺,フリードライヒ型失調症Friedreich's ataxia(フリードライヒ病)が知られている。

 脊髄小脳型は数多く,オリーブ橋小脳萎縮症,脊髄橋萎縮症,マリー型失調症Marie's ataxiaなどが含まれ,また線条体黒質変性症や淡蒼球ルイ体萎縮症,歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症などもこれに属する。これらのすべてについて,明らかな病因,病態発生は不明であり,確実な治療法もない。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「脊髄小脳変性症」の意味・わかりやすい解説

脊髄小脳変性症
せきずいしょうのうへんせいしょう

運動に関係した脊髄や小脳の神経が変性する難病。歩くとふらついたりめまいがするなどの症状から始り,重くなると寝たきりになる。さまざまなタイプがあるため,分類や診断はむずかしいが,厚生省 (現厚生労働省) の調査によると,10万人に対して5~10人程度の患者がいると推定された。ふらつきの症状を軽くする薬が開発されているものの,発病の仕組みはよくわかっておらず,原因的治療法は見つかっていない。

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世界大百科事典(旧版)内の脊髄小脳変性症の言及

【運動失調症】より


[脊髄癆性失調症tabetic ataxia]
 関節位置覚,運動覚などの深部感覚の障害によって生ずるものであり,深部感覚の障害されるような病態で共通に認められる。その原因としては脊髄癆が最も古典的なものであるが,ほかにフリードライヒ病Friedreich ataxiaのような脊髄小脳変性症糖尿病ギラン=バレー症候群のような多発性神経炎または多発性根神経炎,ビタミンB12欠乏症にみられる亜急性連合索変性症,脊髄腫瘍などでも,同様の現象がみられる。下肢に失調症のみられることが多く,起立や歩行時の平衡障害が著しい。…

【小脳失調症】より

…会話はぶっきらぼうで唐突となり(爆発性,断綴性言語),音声を出すのに努力を要する。原因は感染症,腫瘍,血管障害,中毒(アルコール,抗痙攣(けいれん)剤などによる)などさまざまであるが,遺伝性あるいは孤発性で進行性の病態もあり,脊髄小脳変性症と呼ばれている。運動失調症【水沢 英洋】。…

※「脊髄小脳変性症」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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